東京、文化、ニッポンのラヂオ深夜放送。その看板はノン・チャコ、土居とレモンちゃん、かめ&アンコーだった。ネットやSNSが無かった時代、投稿は葉書(十円)が唯一の手段。毎夜つまびらかにされる聴取者の生き様、それらに寄り添うパーソナリティとのやり取りが共感を持って受け入れられた。最近「メルカリ」を利用して二点、買い受けた。もちろん事前にレビューで出品物や出店者を判断。幸い物件に恵まれたが、「やらせ」しかも海外で組織的に行われている実態を知った。一杯喰わされないように、カツ丼でもいただくとしよう。
激しいドラム、弾けるベース、緊張のピアノ。何年いや何十年ぶりのジャズ喫茶、ここは浅草・松が谷「なってるハウス」。ピアニストの原田さんは10日前、リトアニアで出会った人だ。国際反戦デーに東大闘争、安保そして1971年、ロン毛で青2歳の自分は熱い街、新宿に憧れた。和戸駅から北千住、秋葉原と乗り継ぎ総武線で遥々、紀伊國屋裏「pit-inn」。ナベサダやヒノテルが吠え、トイメン地下に替った頃には5歳の長女を連れて「♯&♭」を、二丁目に移ってから先輩と浅川マキなどを聴いた。時が流れて今、「寡占化しちゃったね」と白髪の原田さんが漏らした。
半袖短パンから防寒体勢、20度の気温差は結構堪えた。敬老の日と秋分の日を利用して2週間、バルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)を中心に旅行した。旧ソ連邦から独立を勝ち取ってから30年、重厚な街並みに秘められた溜め息が少しだけ聞こえた気がした。帰国後、泣き笑い。嬉しかったのが雑草の勢いが弱まったこと、がっかりは現用iPhone6がアップデートの対象を外れたことだ。機械もヒトも、止まれば錆びるし酸化する。まださ迷うぞ。
お盆が過ぎたら施餓鬼。跡取りのお務めもようやく一段落を迎える。面倒な仕来りと舌を打った時もあるが、今となっては「家」を継なぐ重みを感じている。怪しい空の下、ご近所から戴いた唐茄子と薩摩芋を無水鍋で蒸し、うっすら秋を味わっている。ドシャバシャ。夕立ちがキレよく駆け抜けた後、南東にくっきりover the rainbow。嬉しいね。虹の彼方に、なんぞいいことが有りそうな…。合掌。

《平々凡々大過なく》は、当初Windows95パソコンとPageMillソフトでサイトを作成・Asahi-netにてホームページを開設、2000年4月にドメイン「kury.net」を取得してWindowsを98・Me・XPと移行しながらHomePage‐Builderで2018年12月まで更新を続けてきました。しかしスマホやタブレットがインターネット接続主流となった今、これら機種への対応と併せサイト更新が簡便かつ場所を選ばないネット型作成アプリ「Jimdo」で2019年初からサイト全体をiPhoneから運用することとしました。

www.KURY.net管理者:埼玉県杉戸町/栗原しげる