ほっこり、胸キュン。GWスタート初日、NHKがご機嫌な午後をプレゼントしてくれた。昭和歌謡てんこ盛り9時間の引っ張れ、いやヒットパレード。その勢いで懸案三点、やっつけたぞ。自分にとって必要不可欠な利器=スマホ。そのsimを10年ぶり「アハモ」に乗り換えた。55年目に突入する無線局の免許更新を早目に終わらせた。活字離れに喝、薦められた半藤一利をメルカリで入手した。しかしコロナ禍、遠方に住む孫との再会は未だ叶っていない。果てさて足止めの大型連休、貴兄は長い時間をどーしてるの?

言わんこっちゃねぇ。そんな脅しと冷やかしの中、PCR検査必須で「海外」に出かけた。東京・竹芝桟橋から太平洋を南に1000キロ、品川ナンバーの車が走る小笠原。1968年にアメリカから日本に返還された小笠原村へはフェリーで24時間、人口3000の大部分が竹芝との定期船便がある父島に住む。「非常事態」に背を向けた2人、鬱憤晴らしの「海の外」と相なった次第。旅行期間は4月16日〜21日。

老害の二文字がチラついた。〈「還暦以上は口を出さず」次の世代に町の未来を託し〉。これは東日本大震災遺構「旧・女川交番」に記された言葉だ。50年先に居ない連中が街づくりを語るのは無責任、との大人たちの心意気が汲み取れる。4月7日特急ひたちで常磐線を北へ。去年9年ぶりに開通した富岡、大熊、双葉、浪江の区間、人影のない駅前や街並みの中にポツリ鯉のぼりを発見した時には特別な想いがした。仙台駅で乗り換えて女川、そして石巻も歩いた。テレビやYouTubeで観たあの惨事が撮られた石巻の日和山。今、復興の槌音が満開の桜の先に広がっていた。津波と原発。あの日から10年、「もう」それとも「まだ」…。


久しぶり旧友ふたりからメッセージが届いた。当サイトを観た、とN氏。曲「カレーライス」で過去を振り返っている、とS氏。独り芝居のKURY.NETに観客が居たなんて、ありがたい。故・遠藤賢司の唄は今なお70年代の匂いと圧が生きている。彼岸は親父の命日と重なる。先代への敬意とアリバイを込めて車庫のペンキ塗り、野良しごとを装う。畑の端っこにある桜が一分、二分と春を魅せている。こうなったらアレの出番だ。ツルツルっと今季初、酢好き麺喰い、好物の冷やし中華。言っとくが俺はクリハラ、メンクイでもない。

《平々凡々大過なく》は、当初Windows95パソコンとPageMillソフトでサイトを作成・Asahi-netにてホームページを開設、2000年4月にドメイン「kury.net」を取得してWindowsを98・Me・XPと移行しながらHomePage‐Builderで2018年12月まで更新を続けてきました。しかしスマホやタブレットがインターネット接続主流となった今、これら機種への対応と併せサイト更新が簡便かつ場所を選ばないネット型作成アプリ「Jimdo」で2019年初からサイト全体をiPhoneから運用することとしました。

 

www.KURY.net管理者:埼玉県杉戸町/栗原しげる

お気楽オヤジの汚名返上。このとおり、やる時はヤルんだよ。田植えが済んだ我田の勢いを得て、野良猫の監視のもとGW終盤は家周りの見栄えを気にした。草木や虫たちの活動が鎮まる11月から3月までは心穏やか。しかし桜のアレコレが巷で囁かれると事態は一変、周囲と先祖から「百姓圧力」が