天高く、思い立ったが吉日。今日は個人的に映画の日と決めた。気まぐれはオトコの専売特許、つとに約束の美学。場所は東中野「ポレポレ」。大手とは一線を画すシブくかつ社会派の上映館である。しかも何を間違ったか午前に一本、午後にも一本のダブルヘッダー。韓国・李明博(イミョンバク)、朴槿恵(パククネ)政権下のメディア弾圧の実録「共犯者たち」、そして高齢両親の日常を映した「ぼけますから…」。久しぶりの一万歩超えを「遊佐」が歓迎してくれた。…いつか自分も?!
1月も半ばを過ぎて陽が若干伸びてきたものの冬はこれからが正念場。そんな折、炬燵でふと小学のあの頃を思い出しました。ちなみに入学が1958年(昭33)4月、卒業は1964年(昭39)東京オリンピック直前の3月でした。写真は1962年(昭37)10月の羽田空港、一張羅よそ行きでパチリ。「変身〜ん」は20年以上も前のものです。すべてが古くて、ごめんなさい。
🎵あの頃二人のアパートは裸電球まぶしくて〜「赤提灯」に吸い寄せられたのは45年前、そして昨日も赤灯の手招きを受けたのだ。あの酒場放浪記にも登場した「山吹」。新年会+自分の誕生祝い+風邪予防とあって麦から芋、米また麦と喉を存分に湿すことができた。お陰で午前の半日、炬燵でネット音楽配信「AWA」三昧。和洋の懐メロに酔っている。ウィ!
短波放送と兼高かおるの二つが、自分を世界に眼を向けさせた。ビックベンの鐘のBBC放送、芥川隆行の聞き手も渋かったな。日曜の朝はチャンネル6、あのテーマ曲が流れるとワクワク心が踊った「兼高かおる世界の旅」。14型白黒ブラウン管テレビに釘付けだった。その兼高かおる(90)が亡くなった。1959年12月13日から1990年9月30日にかけて30年10か月の間、TBSで放送された紀行番組である。また自分の血と肉の一部を失くした感がする。

《平々凡々大過なく》は、当初Windows95パソコンとPageMillソフトでサイトを作成・Asahi-netにてホームページを開設、2000年4月にドメイン「kury.net」を取得してWindowsを98・Me・XPと移行しながらHomePage‐Builderで2018年12月まで更新を続けてきました。しかしスマホやタブレットがインターネット接続主流となった今、これら機種への対応と併せサイト更新が簡便かつ場所を選ばないネット型作成アプリ「Jimdo」で2019年初からサイト全体をiPhoneから運用することとしました。

www.KURY.net管理者:埼玉県杉戸町/栗原しげる