政府の要請で週末、デパートや銀行が休業。京橋から銀座、新橋まで世間の心配をよそに「大丈夫だぁ〜」と歩く。手だけじゃ不十分、五臓六腑にもアルコール消毒を欠かさない。めくった新聞の「『何も強いられない時間』、不安」に吸い込まれた。中国発の新型コロナウィルス。あれよと世界中に拡散、感染者数82万人(うち死亡4万人)を超えたと報道されている。忖度と従順の二枚看板を有する国民性もあってか与えられること、指示されることに慣れきっている現代。危機は権力に利用され易い。「自粛」により生まれた「時間」がこんな導火線になったら怖いぞ。都内で奮発購入した加賀棒茶、こいつで不安のお茶を濁すか…。
最後は下部がしっぽを切られるーー。国家的犯罪「改ざん」に手を染めることを良しとしなかった故人。「そんなこと」よりも「こっちだ」とマスコミを誘導する安倍自公政権。年初3万ドルに手が届くNYダウが「コロナ」で一転、3月18日には2万ドル割れ。2020オリンピック暗雲、「一大事」の合唱指揮棒を振っている。その背景で、財務省の決裁文書の改ざんに関与させられた職員(故人=2018年3月自殺)の手記が公表された。自粛することなく徹底してコトの真相、安倍政権の病巣Virusを退治せねばー。
807とS2001。自分がアマチュア無線を開局したのが1966年10月、中学3年生の時。当時はまだ手紙の時代、携帯やインターネットの存在すら微塵も無かった。待ちに待った黒電話が家に入ったのは17歳になってからだ。雨降りと「禁足令」に業を煮やし、エンジニアだった旧友宅に転がり込んだ。そこで見せられたのが隣家の遺品だと言うこの真空管、そして電波分析する型体のいい2台の「スペアナ」だ。業務用だったスペアナは今なおしっかり電波を解析する実力を有していた。流石にこれは手に余る代物、過去に送信機で使ったことのある真空管だけ持ち帰った。しょうもないね、男は。幾つになってオモチャ好きで…。
酒三昧、ウハウハの夜だった。1974年、ベッケンバウワーVSクライフ。FIFA西ドイツW杯に触発され、職場で「サッカー同好会」が立ち上がった。単なるノリの素人集団、球けり後のノド湿しが目的だったかも知れない。そんな仲間が40年を超えても毎年2月末、寄り合っている。懐かしさ嬉しさの余韻でひとり2軒目へ。久しぶりの店、大将お薦めの魚を銘酒で流す。軽い二日酔い、いま満足な朝を迎えている。感謝!

《平々凡々大過なく》は、当初Windows95パソコンとPageMillソフトでサイトを作成・Asahi-netにてホームページを開設、2000年4月にドメイン「kury.net」を取得してWindowsを98・Me・XPと移行しながらHomePage‐Builderで2018年12月まで更新を続けてきました。しかしスマホやタブレットがインターネット接続主流となった今、これら機種への対応と併せサイト更新が簡便かつ場所を選ばないネット型作成アプリ「Jimdo」で2019年初からサイト全体をiPhoneから運用することとしました。


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