七つの雪が降る?北海道

粉雪、粒雪、綿雪、粗目雪、水雪、堅雪、氷雪---津軽に七つの雪が降ると言う太宰治と新沼謙治。ほんじゃ津軽海峡を挟んだ対岸、北海道はどうなんだべぇ、っとLCCに背中を押され飛ぶこととした。ちっとんべぇの雪でも右往左往する土地に育った身ゆえ雪に憧れを抱く世間知らず。七つの雪の中、長い冬と寄り添う人々の暮らしの一端を肌で感じたいと小旅行に出かける算段。果てさて・・・。
LCC往きピーチ航空、帰り春秋航空。税や手数料込みで片道3,000円でおつり付きとありがたい足賃。一方で現地のアシは、安いかつ行動半径が広いレンタカーという選択肢はこの時期あり得ず、そこそこ値の張る公共交通に頼らざるを得ない。よって周ったことがない「A」地域を「B」に変更しての旅行を予定している。幸いピーチは定刻での運行、夕焼けに見守られ新千歳空港へアプローチを開始した。
新千歳空港から小樽まで一時間半。結露した車窓には日暮れの街灯りと停車駅ホームに溜まった積雪が見える。小樽駅徒歩一分、昭和臭の「稲穂」が今夜の宿。早速、前回断念したジャズ喫茶に動く。自分より九つ歳上の野田さんが営む「Groovy」にはあのパラゴンが鎮座する。マスターは仲間と写真集を出すほどカメラ熱が高い。ここで地元情報三軒を仕入れ、うち寿司の看板も掲げる「魚真」の暖簾をくぐる。空きっ腹にサッポロ、北の誉が沁みる。アテは八角、烏賊だ。
翌日。今日は全国的に温度が高そう。北海道もその例外ではないがその反面、強風と雪崩が心配されている。そうそう今旅行に際し用意したものが「極暖」のタイツと長袖、簡易アイゼン。ま、寒さと安全対策をケチってはなるまい。
素泊りの宿、朝飯は目と鼻の先の三角市場でとる。海鮮丼がここのイチオシだが、ここは野菜炒めに決めた。有名人のサインが飾られた店内、地元育ちの女将に小樽の栄枯衰勢、昨今増加している外国人の動静を伺う。ちなみに旦那は十年以上も前、大晦日店を閉めてから夫婦で出かけたニセコの旅館の風呂で急死したとか。
参った。街歩きにはあいにくの雨振りとなった。その雨が踏み固められた雪に乗っかりツルツル状態。例の滑り止めを履かずに出たのが運の尽き、へっぴり腰でヨチヨチ歩くオヤジに成り下がる。時間潰しも兼ねて旧日本銀行を冷やかす。折角なので一億円を持ち上げて金持ち気分をちっとんべぇ味わう。勉強になったのは第一次世界大戦特需で日本それに小樽も大いに潤ったこと。鰊に代表される漁業だけでなく、北の商都で大変な賑わいだったという。
危なっかしい足下でその先に進むと、Groovyのマスターに勧められた老舗ジャズ喫茶、アナログに拘る「FreeLance」がある。蔵造りの外観、薪ストーブを焚く店内は昭和そのもの。「営業三十年を超えたんです」と髭面のマスターが微笑んで応対してくれた。昼時、ミートスパゲッティをいただいた。
二日目の宿は予約した岩内。厳冬の日本海を目の当たりするため小樽駅前からバスに揺られること一時間半、岩内は思ったよりも整っている町並みだ。しかし風が強まっている。地元ローカルTV番組では「暴風・猛吹雪」を呼びかける。こりゃ静かにここで時間を過ごし、明日は小樽に戻る覚悟を固めた。
岩内の宿「マリンホテル」に届いたのは悲しい知らせだった。現役時代に机を共にした尊敬する一級上の吉岡さんが風呂で倒れ帰らぬ人になったという。旅行先で訃報に触れたことが数年前にもあった。石垣島・川平湾の民宿に泊まっていた時に会田さんが亡くなったことを知ったのだ。まだまだこれからの人たち、しかも自分に人生のあれこれを教えてくれた大好きな先輩だった。外の雨、暴風雪は志半ばで逝った先輩の泪なのだろうか?合掌。

事に当たってこそ真剣に向き合えるものがある。でっかい北海道のエリア分を改めて知った。札幌は「石狩地方」と呼び、今回の「後志地方」(しりべし)を更に小樽や余市の北部、倶知安など内陸部は羊蹄山麓、そして日本海に面した岩内や泊などを西部と区分していた。今朝のNHKローカル予報では、ここ後志地方は一転して荒れ模様、気温も大きく氷点下、午前中は暴風雪となっている。
東京の一人勝ち、地方は過疎と経済疲弊。町広報では直近人口が13,187人、世帯数6,998。対前年ではそれぞれ279人、77世帯のそれぞれマイナスを数えている。今春の高等学校出願数においても少子化と併せ郡部の過疎が浮き彫りになっている。そして今朝の新聞には「春節の波」が話題になっていた。昨日からの一週間、旧正月で北海道に降り立つ観光客が増大するという。経済政策は一過性に頼るよりも足腰と体幹が強固な「内需」が一番なんだけどなぁ・・・。
名前はハイカラだけどその実態は和風ビジネス宿。昨日はうなぎ焼き、ホタテ刺身、天ぷらの夕食だった。今朝はご覧のメニュー。七畳個室に風呂とトイレ、エアコンに速いWi-Fi完備、二食付きで七千五百円。しかも宿泊客は自分だけの特典、相場だな。
一晩中ガタガタの発生源は強い海風。昨日の季節外れの気温と雨で濡れた路面が今朝ツルンツルン、コチコチのテカテカ。もちろん町内をうろつくのもままならない。チェックアウトの十時まで部屋でじっとして、その後は新調したアイゼンを履いてバスセンター付近だけでも歩こう。対面にある道の駅は三十年余前に廃線となった岩内線の終着駅「岩内」とか。その南側の施設は「木田金次郎美術館」だ。岩内にとどまり続けた孤高の画家、と初めて知った。「今年はまだ雪は少ないんですよ」とは美術館受付の女性の弁。所詮冷やかしの旅行者には七つの雪の姿は見えていないんだな。
お昼、バスで小樽へ、いや途中下車して余市で寿司を食べよう。一昨年の師走に訪れた「みどりや」が目的だ。ランチには寿司と天ぷら蕎麦セットが990円弱と破格だが、お上品な自分の胃袋には写真の七貫+巻物840円が適量。ストーブが点いたカウンターに陣取り熱燗もお願いした。
腹も膨れたところで電車の時間まで一時間、喫茶店で待つとしよう。寿司屋を出て左手にシブイ呑み屋通りを発見。脚を進めると自家焙煎に惹かれてドアを開いた。「初めてです」と挨拶してカウンターに座ると「どちらからですか」と返ってきた。偶然にも寿司屋の店主も居合わせたので四国お遍路で一緒に歩いた余市出身者からみどりやを紹介されたことを切り出すと、今度はマスターがすかさず同行二人で満願を果たしたと話が広がった。教員定年後に珈琲店を始めたというマスターの林さんとは話が盛り上がり、「今度一献やろう」の約束をしたのだ。人との出会いは偶然なのか必然なのだろうか!?
「たられば」だけど、こんなことなら今夜は余市泊がよかったな。仕方ない予約した小樽の宿に向かう時間だ。余市駅からの列車はニッカウイスキーの観光客と一緒になったのだろうかホームに行列が出来るほどの盛況。
小樽は一昨日の「稲穂」に泊まる。幸い早目のチェックインが許されたので荷を置いて一服後、先日ゆっくり席を温めることが出来なかった「FreeLance」を再訪してみることとした。
小樽生え抜きの店に有るのがこの写真集「我が青春の街角『小樽』昭和ノスタルジー」。新旧の小樽を収めた地元出身のカメラマンによるもので街と人の記録集となっている。最盛期には映画館が23、喫茶店が200以上、銭湯が64、遊廓や置屋が花園町にあったと記されている。この記事を基に雪降る心底シバれる夕方30分以上、花園や稲穂界隈を精力的に周った。もちろんアイゼンのお陰でへっぴり腰なんてクソ喰らえ、胸を張りスキップして駆け出しそうな勢いと付け加えたい。780円の投資がこんな大きな結果を生むとはタマゲタなぁ。
さすがに歩き疲れた。今宵は一昨年のあの店の暖簾をくぐろう。路地奥に隠れた「母ちゃんの家」はヤンキー上がり?の中年ママとその息子が切り盛りする飾りっ気ない雰囲気がウリ。お願いしたのは焼酎お湯割、豆腐と納豆サラダ、ハムカツだ。もちろん深酒はご法度、二杯1,900円で切り上げだ。ウィ。
晴れ間が覗くバッチリの天気。三日目の朝は気分を変えて喫茶店、モーニングセット。「エトワール」は都通りアーケード入り口の昭和ティストな店だ。トーストにゆで卵で500円と月並みだが珈琲は自分好みの酸味が効いたもの。加えてボックスシートを占領、落ち着ける空間に★★★★だ。
翌日は小樽から一気に千歳へ移動。途中の札幌は、昼営業のジャズ喫茶はすでに踏破済みだし、東京と変わらず街に魅力を感じない。予約した宿は駅直結の「ステーションホテル」。5,000円、快適で朝飯もいい、何よりも空港が近いのは朝早いLCCを利用するのに都合がいい。実は千歳は二回目、街歩きも勝手が分かる。夜になると店灯りが賑やかになるが、昼間の「ギオン通り」は何とも勢いがない。そして昼メシだ。ラーメン希望だが「29の日」の誘惑に惹かれ「Victoria」にふらり。これが間違えだった。よせばいいのにステーキ200、ハンバーグ140、サラダバー食べ放題に挑戦してしまった。まさに身の程知らず。ホテルでぐったり、半日動けけなかった。
今夜は部屋呑み、と思ったが、腹の具合も落ち着いたのでギオン通りに繰り出した。地元勤め人も利用している「番屋」は古風な内装で味がある。女将に肉の食い過ぎを告白して「さっぱりしたもの」をリクエスト。ここはサッポロ黒ともずく酢だ。焼酎のお湯割に珍しく梅干しを沈め、仕上げは三種の利き酒だ。写真の左から順に「十一州」(新十津川)、「法螺吹」(ほらふき=中富良野)、「北斗随想」(摩周湖の伏流水)。両端はフルーティ系、真ん中に軍配だな。これはホラでないぞ。
四日目の朝、家に帰る日だ。東京は十八度、四月の陽気だとか。一方ここ千歳は最高でも氷点下三度。ちなみに駅前に立つ気温計はマイナス五度を示していた。ホテルの朝メシは得意なバイキング、片っ端から手を付けてまたしても腹がパンパン。喰ったくった。
八時過ぎのエアポート快速で千歳から新千歳空港まで二駅、七分の距離だ。相変わらず電車も空港も混んでいる。大きなスーツケースを携えたアジアからの旅行客が目につく。成田空港への帰りは「春秋航空」(スプリングエア)に乗る。LCCと雪の組み合わせに遅延、欠航の不安はあったが幸いにして定刻でのフライト。次回の北海道は函館から桧山、奥尻島、後志そして新千歳を考えている。

七つの雪の正体を結局、見ることは出来なかった。ま、でも分かったことは、毎朝の雪掻きがない分、助かるなってこと。その分、何か出来るんだろうけどなぁ〜!?(終)

旅行期間 : 2017年1月26日〜30日