満願の高野山

昨秋、四国八十八ヶ寺を結願。そのお礼参りに成田〜関空、天下茶屋を経由して何ともいい響きの極楽橋、そして高野山にやって来た。たまげたのは外人の多いこと、しかもアジア人でなく欧米人らしき老若男女だ。なんでっかな?
夕方5時、早速、お世話なる「西禅院」に足を運ぶ。朝食付きで9,800円ほど、いい値段ではないか。部屋は8畳の広さで新しい造り、トイレや風呂は共同だ。ちなみに外人さんは昭和感の古びた部屋のようだ。これもオモテナシかな。

そんで肝心なのが明日に向けてのセレモニー、般若湯である。焼き鳥の店には団体が入り嫌われたので、路地の先にあるシブイ地元ピープル御用達の寿司屋へ。肴を3種のお湯で流した後、お坊さんが来店しツーショットを撮ってもらったようだが、あまり覚えがない。
朝だ。心配なのは雨、海抜550m余の山奥は冷えている。傘を開くのは面倒、奥の院に参るのを早めることとした。目と鼻の先の壇上伽藍に手を合わせ、バスで奥へ急ぐ。どうでもいいけど宿坊の朝食、欧米人の口に合うのだろうか?

奥の院はバス停から40分ほど歩く、と聞いた。すでにチラチラ顔に当たるものがあるが傘を開くほどでもない。山道の両側には立派な墓、とてつもなくデカイ墓が次から次幾つも幾つも迫ってくる。年金月額で手に入るなら片隅でいから「栗原家」を記したいところだ。

御廟橋の先は、1200年のときを経た今なお空海が生きている聖地だ。その橋の手前でパチリの図。納経所で満願の証を手にして、何故だか気分がふぁーっと軽くなった。ご利益を得たのだろうか。
上空では雨の種が切れたのだろうか、傘の出番はない。今のうちに大阪に移ろう。高野山駅から今夜の宿、新今宮まで電車に揺られる。そうだ、と膝を叩く。以前テレビで観た格安人情食堂を思い出し、大阪駅の先の京橋へ足を伸ばした。ついに傘を開いて、地図アプリな支援をえて駅から8分の「もとや」へ。野菜炒め、蕎麦、ご飯で430円。ご飯は半分残すしかなかった。ちなみに駅に近い分店はかけ蕎麦120円だった。

ワクワクして心が弾む。知らない街を歩くと緊張感と新たな発見が新刊本のページをめくるように次つぎ、これもあれもと襲ってくる。実に愉しい。ルンルンで鼻唄、スキップして踊りたい気分だ。ショーワな下町感の京橋と別れ、新今宮駅に動く。

ここでも傘の出番だ。今日はビジネスホテル、3畳にテレビとエアコンが付く。一泊1,850円。もちろんトイレ、風呂などは共用だ。界隈は西成のドヤ街。一泊500円や一週間4,000円の安宿が並ぶディープなエリア。料亭を語り今なお「赤線」が生きる飛田、大正モダンの通天閣の新世界、そして最近はあべのハルカスが地域を彩っている。
飛田の有名焼肉店は雨で取りやめ、その分ホテルの受付で興味ある情報を得た。「西成はジャズの街」。えっ、耳を疑うような話ではないか。確かに団塊世代の労働者はジャズに傾倒していたもんだ。そのシンボル的な店が「難波屋」だという。モチのロンで早速、西成署の手前までスキップだ。

いい、いい実にシブイ立ち呑み屋だ。殆ど毎晩?ジャズライブがカウンターの奥の間で開かれている。19時を回った頃、パーテーションで仕切られた先で演奏が始まった。「ウォターメロンマン」も軽快にスイング。ビールに日本酒がストンと腸に染みる。サイコーの雰囲気ここはカオス、天国だ。満願ご利益に感謝。ありがたや。
西成の朝、曇はあるものの予報はグット。しかも気温25度まで上がるという。足元を気にせず動けるのは旅行者にとってありがたい限りだ。ここ2日で26,000歩、体重計に乗るのが楽しみだが、動き過ぎるのも如何なものか。

朝飯は大衆食堂でがっつり。大阪の胃袋はデカイ、普通に頼んでも大盛りのようだ。隣では朝から一品でビールを傾けている。これが界隈の日常、特別に見られることがないのだ。んで午前の部、飛田新地「百番」と焼肉「一斗」に迫ってみることとした。大阪でもナンバーワンのディープスポット。頭でっかちの正義感だけでは語れない切実な空気感が漂う。

そして昼はお約束の鶴橋へ。全国屈指のコリアンタウンが駅改札口から広がりを見せている。ここでは冷麺、小ビビンバ付きで1,200円と奮発。夏日に迫る陽気にこのツルツルは格別。ご馳走様でした。
午後から営業するジャズ喫茶があることをネットで知り天満橋に向かう。ビジネス街の立派なビルの地下にある「Bunjin」。客は居ない、自分が口開けのようだ。広い店内に大きめ目のソファがゆったり配置され、洒落た調度品の数々が目に止まる。RCA、ガラード、ウエスタン、アンペックスと思しき機材。これにモノラルスピーカーが大音量で迫ってくる。ベンウェブスターのすすり泣くテナー、ドナルドバードの圧巻のトランペット。腰が抜ける。どう見ても金持ち道楽、お洒落で寡黙なマスターだった。

1時間ほど腰を落ち着かせたので棒の足がリセットされ、調子込んであの天神橋筋商店街を冷やかしてみた。8丁目まで続く全国一の長さを誇る商店街。疲労が残るのを考慮して1丁目と天満宮だけで地下鉄に入る。ちなみにおみくじは「苦労が報われる」との大吉だった。
観光の仕上げはやはり通天閣。体調を崩している先輩に近況を報告するための絵葉書を手に入れた。改めて鳥瞰する大阪、やはり味がある。そしてジャンジャン横丁を抜けて延泊するホテルに帰った。結局この日19,980を歩いたことになる。自分に、お疲れ様。

再度の難波屋、ジャズは水曜日だけ、今夜はフォークだった。ビールをサクッと流して、ホテル近くの安酒場のパイプ椅子に座る。アテは100〜200円、酒は300円が界隈相場。まさに「せんべろ」の世界だ。程なくすると「レモンハイ、くださ〜ぃ」とフランス人がふらり、ひとりで入店。持ち前の流暢なジェスチャーと多言語翻訳アプリを駆使しての国際交流が始まった。何でも奥さんは日本人、カメラマンの彼はライカを手に飛田などあちこち歩き回ったらしい。日仏の赤線対比、爆弾とイスラムとの関係などを並べたところで、熊本で大地震の急報がテレビに映し出された。こんな夜、しかも九州で地震かよ。酔いが冷める。悪さが広がらなければいいんだがー。改めて思ふ。今日も生かされ存命を続けることが出来た。メルシーと、うぃ。

そんな訳で、高野山と大阪を巡る小旅行は今日でお開き。朝飯は昨日の大衆食堂。焼き魚定食をいただく傍らでは4人、5人のグループがテーブルを囲み取っ手のあるコップを傾けている。地震の話題から原発の仕事について、永田町に届けたい内容だった。

ホテルのチェックアウト時間の9時、新今宮駅か関空に向かう。LCC専用第2ターミナルへは終点駅の第1ターミナルからバスに乗る。ここで自分へのご褒美と満願記念の土産を購入。泉州特産のタオルに「般若心経」が描かれている。高野山の御朱印が押された納経帳と白衣と併せ、仏様に報告するんだ。合掌。
〈おしまい〉
ーーと思ったら、旅行中に歯が折れたので早速、鹿神社へ参拝してご利益をいただきに上がります。とほほ。